「晩秋の枯葉舞う昼下がりの公園(小春日和だと、更に素敵である)で飲むビールの美味しさが理解できないのは人生最大の不幸だよ」といわれたことがある。


そんな下戸の私にとって今回の訪問はちと辛いかな、と思った。
もう蔵中がアルコールの香りでいっぱいなのだ。
それも薄っぺらな匂いじゃあない。
何百年も水中深く根付き続ける大鯉のように、どっしりと雄大な存在として私の体を支配してくる。
蔵内がアルコールの細かい粒子でびっしりと隙間なく埋め尽くされているのだ。


古い町並みを今に現存させる足守にその酒蔵、板野酒造はある。
創業は明治初年とも2年ともいわれる板野酒造の5代目杜氏、板野文伸さんは若き実力者。

その深く静かな眼差しは、歴史ある酒蔵の重みをその瞳に移しているかのように見える。


ぐるりと酒蔵を案内してもらう。
蛍光灯の無機質な薄明かりが、とびっきり年季のはいった洗米機やホーロウタンク、麹室(コウジムロ)を照らしている。
老人の顔に深く刻まれた皺がそれ自身、威厳をもっているように、それぞれがしっかりとした存在感を示している。



「こだわりってたいそうなもんじゃあないですけど、酒造りには古い親父の代から受け継いだ道具を手直ししながら使うようにしています。何か信用できないんですよ。デジタルなものって。」

そういって、板野さんは古めかしい温度計を見せてくれた。

「こういった昔ながらの温度計ひとつとっても今はなかなか手にはいらないんです。モロミのツラをみて、匂いをかいで、そうやって酒の機嫌をうかがいながら、水を足そうとか、少し加温をしようとか、もう少し発酵させようとか、自分の経験・勘だけが酒の味を決めるんです。板野酒造の味を作り上げる未来にデジタルで表示される数字なんてありませんから。」


板野さんが汲みたての大吟醸生酒を湯のみに注いでくれた。
何もまじりっけのない無色透明な液体からは、甘い香りが漂ってくる。

思い切って喉を通す。
びっくりするくらい驚いた。
アルコールを受け付けない僕が、天然水を飲むようにスッと胃の20度のアルコールを流し込むことができたからだ。
そして、後にフルーティーな香りが鼻腔をくすぐる。
僕がアルコールに対して抱いていた悪いイメージ、舌が焼けるような辛味とか鼻をつく刺々しいアルコール臭が全くないのだ。

”酒”は口ほどにものをいう、あぁこれはまさに真摯に酒造りに打ち込む板野さんそのものの日本酒だと納得した次第だ。



帰りの車中でふと思った。これから私が左党に変貌したら板野さんの
責任だと。
板野さんに責任をとってもらって毎月、日本酒を送ってもらおうか。


板野酒造

電話番号  086-295-0025

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